疾病負担というと、医療費を思い浮かべがちです。たしかに、保険者の立場から見れば、医療費(自己負担分を除いた保険給付部分)は「負担」として認識されます。しかし、社会の立場に立てば、「負担」を GDPを減少させるもの と定義した場合、医療費は必ずしも疾病負担には該当しません。なぜなら、医療費は医師・医療機関・医療従事者の所得となるため、マクロ経済的には単なる所得移転に過ぎず、GDPそのものを減少させないからです。
社会全体の疾病負担を評価するためには、こうした所得移転と実質的な生産損失とを区別して捉える必要があります。そのためには、一般均衡(Computable General Equilibrium:CGE)モデルが有効です。CGEモデルでは、「医療費はGDPを減少させない一方で、疾病による就労不能や生産性低下はGDPを減少させる」という整理に基づき、GDPに残る純粋なマクロ経済的損失を定量化します。
さらにCGEモデルの特徴は、個々人や特定産業における生産性低下といった直接的影響にとどまらず、それが経済全体に波及する影響を内生的に捉える点にあります。具体的には、労働供給の減少が賃金、消費、投資、産業間取引に影響し、それらが再び生産活動にフィードバックするという、経済主体間の相互依存関係や一般均衡効果が考慮されます。この結果、疾病による影響は単なる生産性低下の積み上げではなく、経済全体におけるシナジー効果や乗数効果を含んだマクロ経済的損失として評価されます。
主なポイント
- うつ病については、新規発症が仮にすべて回避された場合、日本のGDPは約32億2,000万ドル増加すると推計されました。これは、部分均衡モデルで推計される約390億ドルという広義の経済負担と比べると小さいものの、経済全体の調整を考慮した後にGDPとして実際に残る純マクロ効果を示しています。
- アルツハイマー病については、介護をインフォーマルケア(家族等による無償介護)から専門職によるケアへと移行させた場合、日本のGDPは約19億4,000万ドル増加すると推計されました。このうち約11億6,000万ドルは、専門職による介護サービスの拡充を通じてGDPに直接寄与するものです。